キャプテン執筆連続小説


「燃える男達」
燃える男達


1,〜最終イニング〜


多分このイニングで試合は終了する。つまり、このイニングさえ守り抜けば、
2点差で長居カーロスの勝利が確定するというわけだ。

”勝利を目前にした人間は美しい”

とはジャクソン・ド・ゲルーヘン(仮称)の言葉だが、
ナインはそれを実証するに相応しい勢いで各ポジションへ散っていった。

・・・そう、一人を除いては。

 セカンドを守る新監督:加藤からの熱い檄が内野だけでなく
レフトの後方まで響き渡る中アンベが投げる。
アンベはメジャーへ移籍した岡崎に代わり今期から
再び投手としてカーロスのマウンドを預かり、
この試合それに恥じない好投を演じてきた。
捕手のフクちゃんがマウンドに歩み寄る。
 
アベさん。もうすこしです。”

正確な投球数は定かではないが、
いささか球数の多さに危惧した捕手独自の勘が働いての言葉であろう。
 しかし前期を肩痛で過ごした彼は、
この球数が限界を超えていることを自覚し始めていた。

 (カーブを増やして騙し騙しやっていこう。 何とかなるさ。。)




2,〜窮地〜


アンベの考えは甘かった。

先頭の打者には完全にすっぽ抜けたストレートが背中に当たっての死球。
続く打者には真芯で捕らえられた中前打。
勝利を目前にしたチームが一転、
無死1・2塁と同点の場面に立たされたのである。

 マウンドに内野手が集まった。

ほんの数分前はチームの勝利を疑うものは誰一人としていなかった、
そんな光景はすでに忘却のかなたである。
限界を見せるエースに対し皆が声をかけるが、各自この行為が今の、
そしてこの流れを押し戻すものだと誰が思えようか。
既に打席には9番打者とはいえ、
この試合2塁打を含む2安打と当たっている右打者がバットを振っている。
 内野手は各ポジションに戻った。
送りバントを警戒した前進守備である。
点差から2塁走者の3進はやむを得ない。
むしろ1点は覚悟したほうがいい。
ただ同点の走者を得点圏には進めたくない。
内野ゴロなら二封。出来ればダブルプレーでこのピンチを抜けきりたい。
とにかく、1塁走者の2進は避けなければならないのだ。





3,〜失意〜


フクちゃんからのサインは真中付近のストレート。
とにかくバントさせて後は野手に任せるしかないのだ。
この状況下ストライクゾーンがハガキ1枚分にしか見えない
アンベにとっては、ある意味有難いものだった。
 アンベの体がすばやくモーションを起こした時に、
一塁手が猛然とダッシュする。
三塁手ナミヘイがシコを踏む。
同時に遊撃手ハスイが2塁ベースに入る。
 打者はバットを引いた。

ボールがホームベースを通過する頃には
アンベを含めた3人がすぐそばまで来ている。
この場合強烈なプレッシャーをかけることが2封への道なのだから。
ジャッジもストライク。
相手のベンチも戸惑いを隠せずにいる。
アンベの表情にも苦しい中、わずかな自信が見えてきた。
そして再びフォーメーションを繰り出し、クイックで第2球を投げ込んだ。
 と、その瞬間我々の予想を裏切る策が牙をむいた。

ダブルスチールだ。

 投球を捕球したフクちゃんは動揺のあまり3塁はもちろん、
2塁にも投げることも出来なかった。
あまりにも大胆ではあるが、我々の露骨な守備体系を考えれば
最も確率の高い策であったともいえなくはない。





4,〜孤独〜 


内野手が固まっている。
外野手はただ遠くを見ている。
誰も声が出でない。
ナミヘイがマウンドに歩み寄った。

アンベ、塁を詰めるか?”

この場合、満塁の方が当然内野手は守りやすい。
落ち着いて考えれば2点差でまだ勝っている状態なのだ。
3塁ランナーが帰っても1点差で勝利する。
2塁ランナーが帰っても最悪同点どまりだ。
それにまだノーアウト。とにかくアウトが1つ欲しい場面なのだ。
    
”いや、このまま行こう。逆転のランナーだけは出したくない。”

アンベはそう言ってナミヘイを帰した。
確かに逆転のランナーは出したくないのだが、それ以上にアンベの頭には、
満塁策を講じた上でのワイルドピッチ・押し出し四球への恐怖があった。
もう自分に自信が持てないのだ。
試合の再開は待ってくれない。
帽子を深くかぶりなおしフクちゃんのサインを覗く。
フクちゃんのサインはストレート。しかも真中に構えている。
フクちゃんもアンベが限界であることを悟っている。
小さく頷いたその時、アンベの脳裏にある男が浮かんだ。
 
(あいつなら、、、あいつなら、
この場面どうやって切り抜けるんだろう。。)






5 〜回想〜


 あの男は今ココにいない。そしていつ帰ってくるかも分からない。

ただ一言 己を磨く と言ってマーキュリと生駒に篭ったままだ。
 あの男がマウンドに上るとき、
それは勝利への華麗なる序曲の始まりでもあった。

しかし、ある一戦で持病の偏平足が再発。
だがあの男は降板しようとしなかった。激痛を押してひたすらに投げ込んだ。

だが野球の神様は皮肉なものである。

彼はあのフェンスの高い長池スタジアムで2本のホームランを叩き込まれたのだ。
 被弾したあの男はその日を境にナインの前には姿を見せてない。

 (ふふふ。こんなザマじゃあ、やつに笑われちまうぜ。)

 アンベに再び燃え滾るカーロ魂がほとばしった。





6 〜復活〜 


アンベの左腕から解き放たれたストレートが
ど真ん中にフクちゃんのミットに吸い込まれた。
先ほどまでの球とは明らかに違う伸び、スピード、
何よりも魂の篭ったファイヤーなボールだ。

続く2球目。

アウトコースの完全なボール球であるにもかかわらず打者は空振りをする。
落ち込みかけていたナインにも活気が出てきた。
普段クールな山ちゃんからも大きな声が聞こえる。
ツーストライクと追い込んだフクちゃんのサインはアウトコースへの遊び球。
しかしアンベはこの試合初めて首を振った。

(なあ、キャプテン。ここはこいつだよな。)

満塁にもかかわらず大きく振りかぶった3球目はインコースへのストレート。
うねりを上げたアンベの速球に打者はスイングさえ許されず、
ただその美しいまでの軌跡を見送るしかなかった。
球審のバッターアウトの宣告がナインに響き渡る。
復活したアンベの背で内野手がボール回しをしている。

あと2つ。

暗がりに消えそうだった勝利への灯りが再び燃え上がろうとした。






7 〜朝食〜


2番バッターが打席に入ろうとしている。
が、明らかに硬さが見える。
相手ベンチもそれを見抜き再び呼び戻して何やらアドバイスを送っている。

”スクイズは投げやすい所で。フォースアウトでいこうぜ!
 無理にホームに投げるなよ。”

ファーストを固めるから内野に声がかかる。
今までの前進守備から中間守備にもどり、
それを確認してアンベがセットポジションに入った。
状況が見えている証拠だ。

1球目。

アウトコース高め直球でワンストライク。
コースは若干甘いが、今このボックスに入っている打者には
初球を振る勇気など無かった。

2球目はカーブ。

インコース膝元にわずかに外れてカウント1−1。

アベさん。こいつで仕留めましょう。)

フクちゃんのサインはこの日あまり投げていないスライダーだ。
あわよくば引っ掛けさせてゲッツーを狙える
再びインコースへの球である。

 ”やばい! ” 

アンベが投じたスライダーが真中に入った瞬間、
今まで置物のように立っていたバッターが一閃、
鋭い打球音とともにバットを振りぬいた。

サードナミへイの左を抜けようかという強烈当たりだ。
しかし打球は夢中で飛び込んだナミヘイの執念が勝り
グラブの中に吸い込まれた。
起き上がりざまそのままセカンド加藤に送られフォースアウト。
三塁ランナーの生還は許したもののナミヘイのビックプレーだ。
ショートの蓮井がナミヘイに駆け寄った。

 ”ナミへイ! ナイスプレー!”

 ”ああ。 今朝、嫁が朝飯にチャンコ作ってくれたからな。”






8 〜油断〜


ツーアウト1・3塁。後1人で勝利にこぎつける。
この激闘はズボンの左膝がやぶれた山ちゃんのユニホーム・
無意味に長いのアンダーソックスからも垣間見れるように激しく、
それでいて燃える男たちに相応しい戦いである。
誰からともなく内野陣がマウンドに集まった。

加藤が言った。

”ここにヤツは居ないが、ヤツはきっと何処かで俺たちを見ている。。。”


みんな静かに頷き、生駒の山を見上げた。
そう、きっとキャプテンは山上遊園地で遊んでるわけじゃない。
まーくんと血の滲むような特訓を繰り返しているはずなのだ。

それにジェットコースターは嫌いなはず。。

各人がポジションに戻り再び燃える魂に炎を点火した。
もはやなど狂ったゴリラのようにグラブを叩きながら気合を放出している。
アンベも同じくいつもの無精髭だ。

バッターボックスにはこの日ノーヒットの背番号10。

アンベは思った。
 

(ここでこの背番号が相手とは、、野球の神様も皮肉なもんだぜ)

フクちゃんのサインはストレート。
左打者のアウトコースに構えられている。
サウスポーアンベにとって左打者へのアウトコースは絶対の生命線であり、
そして今日最も安定している球だ。


しかし、アンベの投じたその第1球。

この1球が今後チームの未来を変える1球になるとは誰も予想できなかった。





9 〜出発〜


”いやー、ユンバのホームランはよく飛んだなー。”

試合を終えたナインはいつものようにファミリーレストランで朝食を取っていた。
今日の試合を振り返りながら愉しむブレックファーストはヨーロピアンだ。

最終回、
あと一歩のところで逆転負けを喫したが各々には満足感があった。
は3mのフェンスをよじ登りキャッチしたファールフライを語りつづけ、
フクちゃんは初回に受けたデッドボールを笑いながら話している。
久しぶりに燃えたゲームであった。


その時、

入口にNCの赤い文字と背中に6を刻んだ男が現れた。
キャプテンとともに生駒に篭っていた、
あのホワイトウルフことマーキュリーだ。
そして何かを胸にしまい込んだように無言のまま
ナインのテーブルに近づいてきた。

”お、おう まーくん。”

ナミヘイの上ずった挨拶が向けられた瞬間、
まーくんの右ストレートがナミヘイの頬にヒットした。


”おまえら、試合に負けて何が楽しいんだ?!”


静寂を伴ったまーくんの激しい言葉。

ナインは言葉を失い、
カップに満たされた黒いコーヒーを見つめることしか出来ないでいた。






10 〜衝撃〜


幾ばくの沈黙が続いただろう。

まるで月下の光に照らし出された砂浜のように真空が支配している。
重い空気を裂いたのはだった。

”...いったいどうしたんだ。マーキュリー。”


下唇を噛み締め足元に視線をやるまーくん。

決してこれから進むであろう郵政民営化への不安からではない。
彼にまとわれた只ならぬ雰囲気がナインに押し寄せてきた。
そして硬く閉ざされた彼の口からはナインにとって思いもよらぬ衝撃を与える。

キャプテンが、デストラー野球団にさらわれたんだ。。”


解説せねばなるまい。

デストラー野球団とは暗黒の帝王ザブランが率いる最狂の草野球チームで、
試合後のトンボも絶対にかけないと言う極悪チームだ。
しかし野球の腕はオリックスブルーウェーブにも匹敵すると
言われるほどの力があると言われている。

”そ、それではキャプテンは。。”

ケチャップを口に付けたまま福井が叫んだ。

青く大きなキンチャンク袋からまー君が取り出したのは1通の手紙だった。
もちろん郵便局の消印が入っている。


    「キャプテンを返して欲しくば、来週の日曜日長池スタジアムに来い。
    貴様らが勝てばキャプテンは返してやる。
    しかし我がデストラーが勝てばここの使用権は未来永劫頂くがな。」


”どうやら勝つしかなさそうだな。”


加藤の手にはクシャクシャに握り締められたレシートがあった。





11 〜召集〜



( 某市営団地の一室 )

加藤は悩んでいた。
確かに長居カーロスは以前と比較すると強くなっている。
しかし今の力では到底デストラーに勝てる保証は何処にもない。
そして今回は何があっても勝たねばならない。

いい試合が出来て喜ぶ、それでは何の意味ももたないのだ。

前回の試合に好投したアンベも病み上がりで無理は利かない。
さらに彼は30を超えているのに顔文字いっぱいの書き込みをしている。
そして何よりもここで滑ってしまえば取り返しがつかなくなるのだ。

”ピッチャーが問題だな。。” 

そう呟いた彼の右手にはすっかり辞めていたタバコがユラユラと煙を上げていた。

切り札の佐田は全く肩が上がらないほどの故障だし、
高橋もあまりに投手経験が少なすぎる。


”あいつに戻ってもらうしかなさそうだな。”

加藤がおもむろに携帯電話を手にした。と言ってもなぜかPHSだが。
開かれた住所録は ”あ” 。
加藤は彼にこの試合の先発を託すことを決意した。





12 〜帰還〜


もはや我々に残された道は彼を呼び戻す他には無い。

岡崎隆太郎


メジャーへ移籍した後一切の連絡を絶ち、
己を磨き続けた孤高のベースボーラーである。
果たしてこの電話が彼に通じるのか。
いや、通じたとしても彼は本当に戻ってきてくれるのか。。
長い呼び出し音が夕方から降り続く雨音とともに加藤の耳にこだまする。
無理も無い。もうチームを離れて2年が過ぎようとしているのだ。
ひょっとすると、この番号も誰か別の人間に掛かるかもしれないのだ。
半ば諦めかけていたその瞬間、懐かしい声が加藤を包み込んだ。


加藤さん。お久しぶりです!”






13 〜決断〜


加藤は矢継ぎ早に現状を、そしてキャプテンの現状を岡崎に伝えた。
しかし当の岡崎は電話越しに受けるその一つ一つの言葉に
耳を疑わざるを得なかった。

だいたいデストラー野球団の存在などは
季節外れのエープリルフールとしか考えられないし、
面倒臭さがり屋のキャプテンが山篭りなどするわけが無い。
最初は懐かしい加藤の声に望郷に似た安らぎを感じていたが、
徐々にそれも疑念に、更には警戒心にも発展していった。

そんな雰囲気を察した加藤は岡崎に言った。

”なあ、岡崎。キャプテンの目指した野球って覚えているか?”

岡崎は自身でもチーム一キャプテンを崇拝していたことを自負しており、
これは他のメンバーも認めるところであった。

”愚問ですよ。加藤さん。キャプテンが目指した野球、
それは爆笑カンフーアクションベースボールです。”

自身の発した言葉に岡崎は我に戻った。

”!! するとキャプテンの身に重大な危機が。。”

もはやへの出欠確認メールは必要無い。
岡崎にも燃えるカーロ魂がほとばしった。






14 〜伝言〜


試合への参加を決断した岡崎はマシンガンのように加藤へ進言を続けた。
先発メンバー、打順、試合までの調整方法。。
綿々と続けられる進言を遮りながらおもむろに加藤が口を切った。

”安心したよ岡崎。これなら全部お前に任せることができる。”

今までも幾度と無く加藤に進言をしていたが、
こんな父親のように優しく受け入れてくれる加藤は今までになかった。
確かに今の状況はかつて無いほどの深刻なものではあるが、
この加藤の言葉に大きな違和感を覚えた。
一瞬の沈黙の後、おもむろに加藤が続けた。

”実はこんな事態が起こるなんて
思ってもみなかったので言い出せなかったんだが、、”

岡崎はただならぬ加藤の様子を察し言葉を呑んだ。


”お前からみんなに伝えて欲しいことがある。”












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